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日本一ロックな映画作家が仕掛ける 巧妙な映像トリックと、「裸」の蒼井そら。
“デジタル・ムービー”という可能性
監督・山本政志は『聴かれた女』の脚本を書き上げるわずか数ヶ月前、2本の短編を完成させていた。『東京・オブ・ザ・デッド-3日-』『CYCLE-サイクル-』の2作品である。フィルムにこだわり続けてきた彼のフィルモグラフィーにおいて、それは意外ともいえる選択だった。「いい意味での軽はずみな映画創りができそうな気がしてね。思いついたら、すぐ撮るみたいな。」山本の予感通り、先の2本の短編は、驚くほどのスピードで完成した。構想を固め、プロットが完成するまで数日。そのアイディアと興奮が冷めぬうちに準備は進み、約1ヶ月後には、メガホンを握っていた。撮影はわずか1週間。彼が手掛けたここ数作の映画に比べ、およそ1/10にも満たない予算で完成した映画は、しかしながら、機動力に優れたデジタル撮影だからこそ可能な、アイディアや実験精神に満ちたシーンを数多く含む、疑いようのない娯楽作品であった。「低予算でも、おもろいの創ってみせようって気で取り組んだ。言い訳しなくてすみそうな、仕上がりになったよ。」ここで得た手応えが、山本を次なる挑戦の場へと駆り立てる。
『3日』『サイクル』から『聴かれた女』へ
『3日』『サイクル』から『聴かれた女』へ
2本の短編作品では、撮影にPanasonic製カメラ、DVX-100が使用された。フィルムに比べ、少ないスタッフ、少ない照明でも撮影可能なデジタルでこそ、山本の“思いつき”はその速度を失うことなく形を得た。さらに、フィルムに近い24P撮影とポストプロダクションにおける自在な色調加工、映像加工が、画面に緊張感をもたらした。この成功によって、すぐに山本の頭には、デジタルを用いての新たな構想が芽生える。「前の2本がホラー&スリラーで、どっちかっつーと不得意部門だったんで、今回も不得意シリーズで“エロ”やろうって。娯楽性の強いものに、挑戦してみたかったしね。」そしてこの新しい“思いつき”は、1人の女優との出会いをきっかけに、一気に実現へと向かって加速してゆく。その女優こそ主人公・皐月を演じる蒼井そらである。「初めは不安だったよ。演技できんのかよって。でも最初の本読みを見て、安心した。想像より遙かに上手だったからね。」山本も、その他のスタッフも、彼女の演技を目にして、この作品の成功を確信した。セクシーさと圧倒的な存在感を併せ持つ蒼井そらこそ、皐月という複雑な役柄を演じるにふさわしい。誰もがそう感じていたのだ。
実話にインスパイアされた、リアルなエンターテイメント。
本作の主題は、山本が耳にした実話がベースとなっている。隣室の女性を盗聴しているうちに、想像上の彼女に恋をしてしまった知人。その可笑しくて切なくも、どこか純粋な想いに山本は現代に生きる人間の象徴を見た。「盗聴という内向的な世界から一歩抜け出す、耳を当ててる壁を取っ払うっていう方向でこの作品を創った。」盗聴という行為を通じて描かれる、現代に生きる若者のリアル。≪耳を当てた、その壁をぶち壊せ≫彼らに対する、あたたかくも厳しいメッセージを、山本は娯楽という名のフィルターを通して、さりげなく示して見せたのだ。
また本作では、暴走族をはじめとするストリートの人々を鋭利に斬りとり、昨年、新宿駅南口に巨大写真パネル100数点を展示した「新宿ID」で写真界のドギモを抜いた写真家・吉永マサユキと、現役アウトロー&キックボクサーである羽月カズヒロの二人が闇金役で友情出演。その存在感で作品に更なる“リアルさ”を与えている。
妄想からリアルへ〜皐月とサツキ、仕掛けられた映像トリック〜
この作品には、2人の“さつき”、2人の“ゆうた”が登場する。リョウの妄想中の“サツキ”と“ユウタ”、そして本物の“皐月”と“雄太”である。物語の序盤、リョウが想像していたサツキは、ピンク一色に包まれたファンシーな部屋に暮らす“いたいけな乙女”であった。おそらくそれは彼の願望であり、理想でもあるはずだ。だが、彼が遂に本物の皐月に出会った瞬間、その“いたいけな乙女”はみるみるうちにリアルな肉体を持った“普通のOL”へと姿を変えていくのだ。リョウの高鳴る鼓動を象徴するような電子パーカッションのリズムに合わせ、“サツキ”の、男に抱かれ上気する顔が、恐怖に怯え歪んだ表情が、リアルな“皐月”のそれへとモーフィングする。そしてこの劇的な演出効果は、リョウが本物の雄太を突き止めた瞬間、再びスクリーン上に現れるだろう。妄想からリアルへ。我々観る者の五感に、それはリョウの頭の中をトリップするような不思議な体験として刻まれるのだ。

さらに、山本と本作の美術スタッフは、もうひとつのトリックを仕掛けた。それは皐月の部屋。リョウが本物の皐月に出会った後も、彼女の部屋は、ピンク色でファンシーなリョウにとっての“理想の部屋”のまま。まだ見ぬ妄想の部屋に、リアルな“皐月”が息づいている。だが、リョウが初めて彼女の部屋へ侵入して以降のシーンでは、いつの間にかその部屋は、シンプルで落ち着いた“皐月の部屋”に変化しているハズだ。山本と彼のスタッフが仕掛けたこのささやかで巧妙なトリックに、あなたは何を感じるだろうか?
連日連夜、徹夜漬けの撮影。
撮影は、06年の3月中旬から約10日間にわたって行われた。まだ厳しい寒さが残る中、撮影はほぼ毎日、夜明けまで続いた。限られた予算とスケジュール。思い通りの作品を完成させるには、それでも休むことは許されない。異常なまでの緊張感と極限状態の中で、スタッフもキャストも、やがて自然と一丸になった。そして最終日。そのご褒美のように、桜が咲いた。皐月とリョウが街角で言葉を交わす、いわば物語の転機となる場面に、その桜は奇跡ともいえる華やかさを添えている。
監督、蒼井そら?
ほとんど修羅場と化した撮影現場の中、主演・蒼井そらの体力も限界に近づいていた。多忙な彼女は、徹夜続きの現場と平行してTV番組の撮影もこなしていたのだ。リハーサル中も、横になるとすぐに意識を失ってしまうほど、疲れ果てていた。それでも、カメラが回った瞬間、彼女は元気な皐月に戻る。そして、最後まで決して根を上げることはなかった。「中途半端な作品にはしたくない。」彼女の演技への情熱には、スタッフの誰もが驚かされていた。時には、演技の方向性について、監督と激しく言い争う場面すらあったほどだ。女優としての強い意志が、彼女を突き動かしていた。山本監督が最も苦労したベッドシーンに至っては、彼女自身が演出をほどこした箇所もあるという。「蒼井そらは、ナチュラルな芝居がうまいし、感が冴えてるし、いいよ。カラミの演出は、一部、そらにやってもらったんだ。『そら監督、ここはどうしましょう』って。頼もしいよ。」山本は、女優・蒼井そらを評して、そう振り返る。また、蒼井そら自身にとっても、この作品は女優としての大きな一歩を踏み出す、ターニングポイントとなった。「すべてにおいて、掛け替えのない貴重な経験でした。」山本政志×蒼井そら。2つの才能がここに出会い、衝突し、そして『聴かれた女』という驚くべき子供を産み落としたのだ。
『3日』『サイクル』と同様、本作はパソコン上でのデジタル編集が施された。これには監督自らが立会い、スタイリッシュで、斬新な映像世界を完成させた。また、映画の中に使われた音楽、効果音にも監督のセンスが反映されている。元来、「じゃがたら」や「町田町蔵」といったアーティストとたちとつながり、音楽への造詣が深い山本監督。“音”に対するこだわりも強く、本作でも、最後の音編集作業が終わるまで、自分の耳で確かめ、妥協を許さなかった。中でも最も苦労したのがアフレコ作業。想像上のサツキ、想像上のユウタの台詞を、本物の皐月・雄太を演じた2人がアフレコで吹き替える。この大胆かつ斬新な発想が本作に更なる深みを与えていることは言うまでもない。だが、声優の経験などない蒼井たちにとって、他人の口に台詞を合わせるアフレコ作業は困難を極めた。朝から始まった収録が、試行錯誤の末にようやくすべて終了した時、すでに朝日は昇っていた。こうして、企画からわずか数ヶ月、あらゆる困難を乗り越えて『聴かれた女』はついに完成の日を迎えるのだった。
立ち見の盛況となった、一夜限りの先行上映。
06年4月15日。ポレポレ東中野にて、出来立てホヤホヤの『聴かれた女』は、一夜限りのスペシャル先行上映会で、初披露された。山本監督のほか、蒼井そらを始めとするキャストがトーク・ゲストとして出演し、オールナイト上映という特殊な上映形態にも関わらず、会場は立ち見が出るほどの盛り上がりを見せる。スクリーンに映し出される、まさにその当日完成したばかりの作品。登場人物たちの姿に、観客たちは大いに共感し、大いに笑い、上映終了後には大きな拍手が鳴り響き続けた。この日、早朝の仕事に備え、途中退場するはずだった蒼井そらは、上映終了後、予定にはなかった舞台挨拶を行った。「帰ろうと思ってたのに、帰れなくなっちゃった。だって面白いんだもん。」